岩下拓

1980年、東京都北区王子生まれ。

20歳より、中国に語学留学や仕事で、西安と上海に計6年半滞在する。2006年、現地の中国人女性と結婚し、翌年に帰国。

現在、中国黄土高原・延安にてほら穴ホテルプロジェクトを進行中。

ヒトゴト中国語版(勝手に姉妹サイト)を企画中。

ブログ
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(2009年7月 自由が丘にて)

中国への留学

(清水宣晶:) 岩下家って、家族のつながりがすごく強いけどさ、
今の拓の価値観を作ったものを考えた時に、
やっぱり、家族の影響って大きい?

(岩下拓:) 自分の性格の7割から8割ぐらいは、
兄貴(岩下均)の影響があると思いますね。
小さい時からいつも「お兄ちゃんのやってることが一番カッコいい」って思ってたので。
今思うと、思わされてたから?

それは熱い!!

だからもう、兄貴の好きなファッションとか聞いている音楽とか、興味を持っていたNGOとか、
全部が無意識的に思考回路の中に刷り込まれてましたね。

一歩先を歩く、先駆者みたいな感じだね。
男兄弟って、そういうところあるんだろうなあ。

シンウェン(※拓の奥さん)も、兄貴に会って、
「ひらちゃんの性格はほとんど、お兄さんゆずりなんだね」って、そう感じるみたいですね。

そういうのは、うらやましいな。
拓が中国に興味を持ったのってのも、均の影響は大きかったの?

あ、でも、中国に興味を持ったのは、親父からですね。
高校から大学への進学を決める時に、
外国に留学をしたいとか、外国語を身につけたいっていうことを考えてて。
そのことを相談したら、
「これからは中国が伸びるから、中国がいいんじゃない?」って言われて、そこからですね。

高校生の頃から既に留学を考えてたのか。
それで、大学では中国関係の勉強をしたの?

はい、大学では中国語学科に行って、
2年次に、交換留学で西安の大学に留学したんですね。
それで、現地での1年間の生活がすごく面白くて、そのまま向こうの大学に編入したんです。

日本の大学を辞めて、中国の学校に入ったのか!
その時は、「ここまで中国に賭けて大丈夫なのか」って不安はなかった?

当時、色んな人に相談をして、
自分の担当教授からは、「北京大とか一部の大学しか学歴として認められないぞ。リスクが高すぎるから、やめたほうがいい」って断言されてたんですけど、多苗さん(多苗尚志)の紹介でいろんな人からもアドバイスをもらったり、セリさん(黒澤世莉)に話した時に「面白い人生にはなるよね」って言ってくれたり。
なんとなく、これで大丈夫なんだ、とは思いましたね。

周りにいたのがそういう、
背中を押してくれる人たちだったってのは、良かったなあ。
中国語って、どのぐらいでわかるようになった?

2、3年経ってからですかね。
最初の1年目は、何となく会話が成立するぐらいで、深い話は全然出来ませんでしたね。

外国語って、どの言葉でもそれぞれの難しさってあると思うんだけどさ。
他の言語と比べた時、中国語特有の難しさって何なんだろう?

やっぱり、発音が難しいって言いますね。

四声ってやつだよね。
話すのも、聴き取るのも難しい?

四声もそうなんですが、例えば鼻音で「N」と「NG」の違いとかあったり、日本人には難しい発音が多いですね。
ただ、言葉を覚える難しさは、どの言語も変わらないんじゃないかと思いますね。勉強すればするほどゴールが遠くなる感覚がありますね。
でも、語学力が身につくことの素晴らしさは、
人間関係が出来る速度が急激に速くなるところだと思いますね。

ああ!それはあるだろうね。

以前、ショックを受けた経験が、僕がすごく仲の良い中国人の友達がいて。
ある時、彼と中国語がネイティブに近い日本人の先輩と会った時に、
自分もしたことのない深い会話をたくさんしていて、一瞬で打ち解けてるんですよ。

(笑)わかるわかる。
ある程度以上の内容が話せないと、なかなか深く関われないよね。

やっぱり、仲がいい友達が出来ることが、一番楽しいです。
政治の話でも将来の話でもなんでも会話が出来るようになると
結局、自分たちと考えてる事は同じなんだ、ってことがわかって。

面白いね、それ。
そうだろうね。
同じ、人間の考えることだもんな。

自分にとっては
一つの言語を覚えただけでここまで世界が広がったことは、
最高に面白いことですね。

いいだろうなあ。
あれだけ広くて人口が多い国だから、
もし中国語が自由に使えたら、ものすごく楽しいだろうと思うよ。

文化と気質の違い

拓ぐらい言葉が流暢だと、
中国にいても、日本人って思われないんじゃない?

南の方や少数民族が住んでいる地域では方言や自民族の言葉を普段使ってるので、
標準語に慣れていず、気づかれないこともありますね。
少数民族だって言えば信じてくれるし。

その可能性も、中国ならかなりあるよね。
中国の国内は、かなり色々行った?

行きましたね。
田舎に行くと、もう昔話の世界がたくさん残ってるんですよ。
郵便物を届けるのに丸一日かけて馬で行くとか、その途中で熊に襲われて死にそうになったとか。笑

標準語を知ってれば、
どこでも一応、言葉は通じるの?

どこでもだいたい標準語教育はされてるんですけど、
辺鄙なところに行くと、学校の先生が標準語を話せなくて、なので子供たちも話せないってことはあります。
ただ、テレビは普及してて北京語放送なので、ほとんどの場所では通じますね。

すごい楽しそうだな!
この前、アラブから帰ってきた友達から、アラビア語で広がる世界を聞いて感動したけど、中国語も相当な広がり方だよね。

ヨーロッパの国全部が入る大きさがありますからね。
少数民族の村で、家に遊びに行かせてもらった時に
家の中に囲炉裏があって、壁が真っ黒に燻されて、天井に空いてる穴から光が射し込んで、卑弥呼が出てきそうな幻想的な雰囲気なんですよ。

中国ってほんと、そういう、
絵の中みたいな景色がたくさんあるんだろうな。
やっぱり、中国に住んでると、
カルチャーショックって色々ある?

日本ではあり得ないことは多々起こりますね。
以前ファンヒーターが、部屋の中で軽く爆発して、黒い煙吐いたんですよ。
で、それで終わりと思ったら、いきなり着火して大騒ぎになって。
真冬で窓は凍って開かないしで、大変でした。。
カルチャーショックと言って良いのか分からないですけど。

最高だよ!そのエピソード。
他には、他には?

コンセントの差込口触って感電したことがあって、
もうキン骨マン状態ですよ。

ぶははははは!
透けて骨が見えてるって感じね。

ほんと、泣きたいほど痛かったです。

日本のより電圧高いのかな?

電圧は向こうの方が高いですね。
感電した時は身体にず太い衝撃が走りましたよ。

ず太い感じ(笑)。
あとさ、中国人のいいところって、
どんなところか聞きたいな。

日本では、「親しき中にも礼儀あり」と言う考え方があるじゃないですか。
でも、親友にその感覚で「ありがとう」とか「ごめん」って言う礼儀的な言葉を使うと、悲しそうな顔で「そういう言葉は使わないでくれよ。。」って言うんですよ。(笑)
なんか疎遠に感じるみたいで。

それ、熱いなあ!

あと、仲間内では財布は一緒だっていう感覚があるんですよ。
一緒に食事をする時に、「今日はこういう理由だから、こっちが払うよ」って払おうとすると、
「いや、いいよ。俺が払う。俺とお前のお金は一緒だから!」って。

熱い!!
日本の場合だと、
「今回は私が払うから、次回はよろしく」みたいな感じになるよね。
いったん仲良くなると、
身内だっていう意識がすごく強くなるんだな。

そうですね。ただ、我々からすると同じように見えて、実は「今後何か頼みごとする時お願いね」って言う、
暗黙の了解と言うか、関係を深めるための習慣、文化みたいなものもありますね。

その、本当の関係ってのはなかなか、
言葉がある程度以上のレベルでわからないと、築けないね。

言葉が大切だなって思うのは、
中国に関する書籍や記事を読んだりしても、
中国人に直接聞いてみると、違ったりするんですよね。
それを話している人が北京人だとしたら、それが西安や四川では全然違うってこともありますし。

そうだよなあ。
そう考えたら、日本の人が出張でちょっと見たり、
通訳を通して話してる限りは、実体ってわからないんだろうな。

通訳は難しいと感じますね。
本当にお互いの文化や考え方をわかっていないと、表面的に訳しても伝わらないですから。
その、裏の意図を含めて通訳しないと、コミュニケーションが成立しないですよね。

そこまでわかるようになって、
まともに会話出来るようになったら、かなり楽しいね。

まぁ、中国人の場合、ストレート過ぎてたまに怖かったりもしますけど。
オブラートがないんですよ。
こう・・ズドッ!って出刃包丁で突き刺してきますから。

ズドッ!てくる(笑)。

情に熱く、怖い時は血の気の多さを感じますよね。
ただ、ストレートに言ってくるので、こっちも話しやすさはありますけどね。
それが、慣れるとすごく気持ちよかったりもします。
自分の場合、痛みは多々ありますがそこにハマってるんだと思います。

人生で表現をする

拓の面白さってさ、こう・・
なかなか、言葉として表れる部分じゃないんだよな。

言語力、国語力の低さは自覚してますね。
多苗さんから昔、国語を習ってた事があって。苦笑
大人向けの国語のドリルとか買って。

ぎゃははははは!
それは、どういうことで?
「お前、国語能力無さすぎだから」って?

そうですね。
たとえば、「A、だけどB」って接続詞で前後の文をつないだ時、
強調されるのは後ろの方じゃないですか。
そういう一般的な国語力が欠けてて苦手意識が強かったですね。。

国語のドリルで勉強して、成長するものなの?

今の例とかもそうですけど、
かなり勉強になって、やって良かったです。笑

拓は、本てよく読む?

まったく読みきった記憶がなくて、
大学に入ってから、生まれてはじめて本を一冊読みきりました。笑

それもまた、極端だな!
拓は、得意分野でいうとさ、
表現方法として、何で伝えることが得意なんだろう?

行動力というか、
ちょっと大袈裟になってしまうんですけど、人生の選択?人生そのものじゃないですかね。

ああ、わかるなあ。
自分の人生そのもので表現出来るっていうのは、一番の理想だよね。

シンウェンと結婚してるっていうこと自体も、
自分としては理想的だし、人生に幅ができて、楽しくなって。
実際、親戚の半分は中国人になりましたからね。

そうか。そういえばそうだね。
オレも似た感覚があって、人と違う、
珍しい経験をするほど喜ぶところあるな。

人がやってないこと、っていうのは自分も常に考えてますね。
昔から目立ちたがり屋だったんで、人と同じことやってても目立たないから。
西安を留学先に選んだのも、北京とか上海を選ぶ人が多いから地方都市に行こうっていう理由もありましたね。

それさ、どこまで行ける?
どれだけ人と違うところまで道を外れられると思う?

(二人、爆笑)

・・その質問すごいですね。

拓、昔さ、辮髪(べんぱつ)にしてたことあったじゃん?
あれは、反応どうだったの?

いや、
中国の少数民族で、辮髪の風習が残ってるところがあるんですよ。
彼らに会いに行った時、相当びっくりしてましたね。笑

ぶははははは!
でも、拓のは正式な辮髪とは違ったんだよね。

そうなんですよ。
東京で、美容室のカットモデルとして切ってもらったものだったので。
で、その村で、本物の辮髪をやってもらったんです。

ちょっと!?
それそれ。
それ面白い話しだな。

カミソリとかないから、鎌で剃るんです。
だから、経験しないと分からないんですけど、刈られる時にめちゃくちゃ痛いんですよ。
ジョリジョリって、少しずつしか剃れなくて相当時間もかきるし。
で、これ危ないよなーと思ってたら、実際耳も切られましたよ。。苦笑

うわー・・(笑)。
それ、どこにある村なの?

貴州省っていうところで、山間部にある省なので、
経済発展が一番遅れてる場所なんですよ。
その中でも、その少数民族の村だけがまだ辮髪文化が残ってるって話しだったんで、
事前に情報を仕入れて、よし本場で切ってもらおう!と思って。

ちゃんとリサーチしてから行ったのか!

その村は、時が止まっている感じで、村人も100年ぐらい前のカッコしてるんですよ。
腰に刀さしてて、とび職のズボンみたいな独特な民族衣装を着ていたり。

日光江戸村みたいな村だな。
その辮髪はさ、西安にいる時の、周りの反応はどうだったの?

結構笑われてましたけど、変な意味にはとられませんでしたよ。
「カワイイーけど、ちょっと変人だよね♪」って感じでした。

あー、いいね。
わかってくれてるなあ。
拓の話しを聞けば聞くほど、オレの中にビシビシ、
中国の魅力が伝わってきてるよ。
(2009年7月 自由が丘にて)


清水宣晶からの紹介】
拓は、真面目で面白い男だ。真面目だからこそ、面白い男だ。
中国の魅力に引き込まれた拓は、留学中、学校の授業の他に、みずから家庭教師を雇って、週6日語学の勉強をしていた。本気でその国の文化に溶け込もうとし、何でも語り合える友達を作り、国際結婚をし、この先も大陸でビジネスを興すことを考えている。

拓の持っている明るさや楽しさは、日本という国にとどまらず、人間が住む世界すべてに通用する、グローバルな資質だと思う。彼がこれから開拓していく新しい土地での経験を将来また聞いて、「こんなことあったんスよ!」と涙目で言う拓の姿を見ながら大笑いする、という図を今からとても楽しみにしている。

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